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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2536号 判決 1972年7月11日

原告 奥山貢

右訴訟代理人弁護士 町山篤

被告 小笠原水産株式会社

右代表者代表取締役 徳永中一

右訴訟代理人弁護士 龍前茂三郎

右訴訟代理人弁護士 小宮正巳

主文

別紙目録記載の土地につき原告が所有権を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  別紙目録記載の土地は原告の所有である。すなわち、右の土地はもと被告の所有するところであったが、昭和二二年一二月二五日、原告の先代奥山省三は被告からこれを代金八万円で買受け、その代金を支払って右土地の所有権を取得し、その後昭和三八年一一月八日原告に対し右土地を贈与したので、これによって原告は右土地の所有権を取得したものである。

(二)  被告はもと東京市京橋区大川端町七番地に本店を有し、その後右奥山省三と前記の売買契約を結ぶ以前から肩書地に本店を移転していたものであるが、右契約の当時、本件土地は米国の占領下にあり、かつその登記簿は戦災によって滅失していたので、右契約に基づき所有権移転登記をすることは不可能の状態にあった。その後昭和四三年にいたり、日米両国間に締結された条約により小笠原諸島はわが国に復帰し、これに伴なう法令の施行により本件土地につき登記をすることが可能になったが、被告は本件土地につき滅失回復登記手続もせず、原告の所有権を認めようともしない。よって原告は被告に対し、本件土地の所有権が原告に属することの確認を求める。

(三)  被告の後記(二)の主張を争う。

二  被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)  原告主張の(一)の事実の内、被告が奥山省三との間に原告主張のような売買契約を結んだ事実および原告主張の(二)の事実はいずれも認める。原告が奥山省三から本件土地の贈与を受けた事実は知らない。また、被告は奥山から、売買代金の内金三万円を契約と同時に、内金二万円を昭和二三年一月二七日に、それぞれ受けとったが、残金三万円は未だ受領していない。

(二)  本件売買契約の当時本件土地を含む小笠原諸島は米国の占領下にあり、その後二〇年余にわたってその状態が続いたため、本件契約を履行することは当事者の責に帰しえない事由によって二〇年余の間不能であった。この間経済の変動により物価の騰貴と貨幣価値の低下との激しかったことは公知の事実であり、原告がこのような事情を無視して今にいたって契約の履行を求めることは信義誠実の原則に反する。よって被告は原告に対し昭和四四年九月二九日の本件口頭弁論期日に、事情変更を理由として本件売買契約を解除する意思表示をした。したがって、いずれにしても原告の本訴請求は理由がない。

三  ≪証拠関係省略≫

理由

一  別紙目録記載の土地がもと被告会社(従前東京市京橋区大川端町七番地に本店を有し、その後本件契約締結の前に本店を本判決記載の肩書住所に移転した。)の所有であり、昭和二二年一二月二五日に奥山省三が右土地を代金八万円で被告から買受けた事実は当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫を総合すると、奥山省三は右の売買代金八万円を昭和二三年四月頃までの間に四回に分けて被告に支払い、被告から本件土地の売渡証書一通および本件土地のみを表示し委任事項、受任者名、作成日付等を空白にした被告名義の委任状一通を受けとった事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

次に≪証拠省略≫によれば、奥山省三は昭和三八年一一月八日本件土地を原告に贈与した事実が認められ、この認定の妨げとなる証拠はない。

二  以上の事実によれば、本件土地の所有権は昭和二二年一二月二五日の売買契約により被告から奥山省三に移転し、更に昭和三八年一一月八日に贈与によって右省三から原告に移転したものと認めるべきである。

被告は右の売買契約の履行を原告が現在にいたって求めることは信義則に反するとなし、事情の変更を理由に右の売買契約を解除した旨を主張する。しかし、≪証拠省略≫によると、奥山省三と被告とは本件売買契約の締結にあたり、本件土地が現に米国の占領下にあるので、将来奥山においてその所有権を取得しうることが不可能な事態に立ちいたるべきことをも予想し、その場合にも被告は奥山に対し何の責任も負わず、売買代金も返還しない旨の約定を結んでいる事実が認められる。したがって、奥山としては異常の事態の下で右のような危険を負担することもあることを覚悟して売買契約を結び、代金全額を支払ったものであり、被告としては前示の特約により代金返還等の義務を負わない前提の下に代金の全額を受領し、将来所有権移転登記をすることが可能になった場合に必要と思われる書類を奥山に手交したものというべきである。両当事者の取引がこのようにして完了した以上、その後二〇年の経過により、奥山ないしその特定承継人である原告が本件土地についての所有権を現実に行使しうる事態が出現したからといって、原告の右所有権の行使を信義則に反するものとして被告に対し事情変更による前記契約の解除権を取得せしめることは到底許容することができない。

三  そうすると、被告の抗弁は結局理由がなく、被告が本件土地に対する原告の所有権を争っている以上、その確認を求める原告の本訴請求は正当として認容すべきである。よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秦不二雄)

<以下省略>

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